台北市警察局 本庁舎
1988年に落成した重厚にして近代的な建物で、大都会台北の警察事務を扱うことは言うまでもなく、台湾警察の中枢を荷う機関です。庁舎の前方は大広場で、本部直轄パトロール・カー等の警察車両駐機場となっています。
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| 1335年 | 元朝、澎湖島に巡検司を配置。 | ||
| 1563年 | 明朝、澎湖島への巡検司を復活。 | ||
| 1623年 | 三代徳川家光将軍、町奉行−与力−同心−大家と順する江戸の治安体制を成す。 | ||
| 1637年 | 江戸幕府、五人組強化・悪徒取締令を公布。 | ||
| 1684年 | 清朝、台南に崗哨を設置。 | ||
| 1837年 | 大塩平八郎・大坂町奉行所与力が反乱を決行。 | ||
| 1854年 | 江戸幕府、井伊直弼に対し、京都護衛を任命する。 | ||
| 1874年(明治7) | 東京に警視庁を設置。 | ||
| 1885年 | 劉銘傳、台湾省初代巡撫に就任し民衆行為の強制全権を掌握。 | ||
| 1895年(明治28) | 日本、下関条約により台湾を統治。11月には全島平定宣言。
台北で児童教育に当たっていた6名の日本人特派教師たちが、 台湾人抗日蜂起部隊に殺害される。(芝山巌事件) |
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| 1905年(明治38) | 日露条約抵抗勢力による日比谷焼き討ち事件が発生。 | ||
| 1910年(明治43) | 日韓併合により、朝鮮半島での全警察権限を掌握。 | ||
| 1917年(大正6) | 前歴者登録制度を採用。 | ||
| 1918年(大正7) | 全国に拡がる米騒動を鎮圧。 | ||
| 1920年(大正9) | 日本、台北に市制を敷き、正式に台北市警察局を設置。 | ||
| 1929年(昭和4) | 一斉アカ狩りで27名の共産党員を検挙。 | ||
| 1930年(昭和5) | 霧社で原住民の抗日ゲリラ部隊が各駐在所を襲撃し、日本人巡査一家・幼児を含む134名の日本人入植者が殺害される。(霧社事件) | ||
| 1931年(昭和6) | 霧社事件の投降原住民198人が日本警察地元協力者によって殺害される。以後帝国警察の名の元に38人の抗日原住民を処刑。 | 1931年(昭和6) | 警視庁本庁舎が現在の場所へ移転。 |
| 1936年(昭和11) | 白バイ隊が発足。 | ||
| 1945年(昭和20) | 日本の敗戦により台湾が光復するが、警察機能停止で全土無秩序状態に。殺人や略奪が相次ぎ、新興黒社会が横行。 | ||
| 1947年(民国36) | 中華民国憲法・警察法公布。
2月27日台北でヤミ煙草売りの老婆に国民党警察摘発隊が暴行、抗議民衆を射殺したことから翌日から全土で動乱が起きる。国民党警察と軍隊は鎮圧の為、約30000人の知日インテリ層を含む台湾本省人を虐殺。(228事件)※犠牲者数は現地慰霊碑より |
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| 1948年(昭和23) | 東京・椎名町の帝国銀行に赤痢消毒班を装った男が現われ、13人を毒殺し現金などを窃取。(帝銀事件)
警察法施行。 110番制度が開始。 | ||
| 1950年(昭和25) | 警察官の拳銃携帯と使用が認可。 | ||
| 1958年(昭和33) | 売春防止法実施により、赤線一斉手入れ。 | ||
| 1960年(昭和35) | 東京の山谷ドヤ街で暴動発生。 翌年には大阪の釜ケ崎でも第一次暴動。 社会党の浅沼稲次郎委員長が演壇で17歳の少年に暗殺される。(浅沼委員長刺殺事件) | ||
| 1961年(民国50) | 台北の男子中学生が好意を寄せる女子同級生を刺殺。警察法制定後台湾初の未成年による殺人事件発生。(クーリンチェ少年殺人事件) | ||
| 1963年(昭和38) | 東京・旧下谷北管内で吉展ちゃん(5歳)誘拐殺人事件発生。 | ||
| 1968年(昭和43) | 静岡の秘境民宿に猟銃で武装した朝鮮人殺人犯が篭城。民族差別謝罪を要求された県警本部長と所轄刑事が公共電波で公開土下座する。(金嬉老事件)
東京・府中で冬の賞与約三億円を積んだ現金輸送車が模造バイクに乗った偽白バイ隊員に強奪される。(三億円事件) | ||
| 1970年(昭和45) | 赤軍派の青年9人が日航機をハイジャックし北朝鮮へ亡命。(よど号乗っ取り事件)以降赤軍派の航空機関連事件が頻発し、77年のダッカ事件後、機動隊に特殊部隊『SAT』が設置された。 | ||
| 1972年(昭和47) | 連合赤軍メンバーが長野・浅間山荘で管理人女性を人質にとり篭城。救出作戦中の警察部隊に発砲し、2名の警察官が殉職。(あさま山荘事件) | ||
| 1979年(民国68) | 高雄で政治活動家と警察局が衝突した流血事件が発生。多数の反政府(とされた)活動家を一斉検挙。(美麗島事件) | 1979年(昭和54) | 大阪・住吉の三菱銀行が未成年当時に強盗殺人の前科がある猟銃を持った男に占拠され、交番警察官を含めた4人を殺害。大阪府警狙撃部隊は犯人の男を射殺。(梅川事件) |
| 1984年(民国73) | 警察局、全土の暴力団一掃作戦を敢行し、大組織や新興ヤクザの組長を総検挙するが、一部幹部連中を香港や日本へ取り逃がす。 | 1984年(昭和59) | 菓子メーカー社長誘拐に端を発し、声明文で警察を侮辱する食品企業恐喝事件が発生。翌年、滋賀県警本部長が自殺。(グリコ・森永事件) |
| 1987年(民国76) | 戒厳令解除。以後凶悪事件が急増し、警察局は暴力集団犯罪警戒を強化。民衆は自由と引き換えに社会の治安悪化を懸念。 | 1987年(昭和62) | 国鉄の民営化により、鉄道公安官が廃止され、鉄道警察隊が発足。 |
| 1988年(民国77) | 台北市政府警察局新庁舎が落成。
日系企業日本人駐在員の男児(8歳)が台北で台湾人男女の5人グループに身代金目的誘拐され、8日後に無事保護。(大田哲端くん誘拐事件) |
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| 1990年(民国79) | 台湾ひとり旅中の日本人女子大生が招かれた台湾人の男の自室で強姦され殺害される。 (日本人女子大生殺人事件) |
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| 1991年(平成3) | 暴力団対策法が成立。 | ||
| 1992年(民国81) | 台北のタクシー運転手がライバル会社の運転手とトラブル上から殺し合い、加勢した職員を巻き込む一大暴動で市内道路が封鎖状態に。警察局は装甲車で鎮圧。 | ||
| 1995年(平成7) | 東京の地下鉄車内で毒ガスを発する液体が無差別的にばら撒かれ、数千名の死傷者を出す化学テロが発生。後に警視庁と山梨県警は容疑の邪教総本部を一斉捜索。(地下鉄サリン事件) | ||
| 1996年(民国85) | 世間を震撼させた台湾版サムの息子が出没。深夜の若い女性を狙った連続首切り通り魔殺傷事件が発生し、夜の街から女性が消える。(パーウー割喉事件)
プロ野球リーグ戦でヤクザ組織と癒着した相次ぐ八百長試合が発覚。台北市立棒球場で激高したファンが暴徒化し、スタンドの全座席が破壊される。(時報イーグルス事件) 桃園で県知事公舎が襲撃され、桃園県知事を始めとする8名の幹部が惨殺される。(桃園県知事襲撃事件) |
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| 1997年(民国86) | 劇画作家、故梶原一騎と台湾女優、白冰冰との間に生まれた一人娘が台湾ヤクザ一味に誘拐され、身代金要求数日後に遺体となって発見。秋には台北の市街地で最後の犯人が警官隊との銃撃戦にまで発展し、その後人質を盾に篭城。(一連の白暁燕さん誘拐殺人事件) | ||
| 1999年(民国88) | 集集付近を震源とした地震が発生し、島内中部を中心とした大きな爪跡を残す。これにより全警察局職員に対する非常事態緊急配備が発令。直後から迅速な交通整備や救援活動が行われ、社会秩序の維持に貢献。(台湾大地震) | ||
| 2001年(平成13) | 大阪・池田の小学校に刃物男が乱入し、短時間に児童ら23名を次々に殺傷。(池田児童殺傷事件) | ||
| 2004年(民国93) | 台南で総統選遊説中の陳水扁総統と呂秀蓮副総統が狙撃される。(陳総統暗殺未遂銃撃事件) | 2004年(平成16) | 山梨・富士五湖で日本旅行ツアーに参加中の台湾人女子大生が日本人の男に殺害される。(台湾人女子大生殺人事件) |
下の写真のふたりの男性の正体を次の6つの中から当ててください!
1.捜査会議中の台北市警察のデカ
2.公判中の強盗殺人犯一味
3.接待中の台北市林森北路のカリスマホスト
4.出演中の台湾有名テレビドラマタレント
5.休憩中の台北市バスの運ちゃん
6.会合中の台湾ヤクザ
第1弾の答えはです。
下の写真の女性の正体を次の6つの中から当ててください!
1.台北市内五つ梅ホテルのフロント嬢
2.台湾CATVニュース人気女子アナ
3.台北天母球場のビール販売員(売り子)のおねえさん
4.中華航空のスッチー
5.訴え件数8犯の女結婚サギ師
6.基骼s警察局交通隊の婦警さん
第2弾の答えはです。